2005/05/09

世界に告げよ(讃美歌第2編 172)

 讃美歌第二編172-181に、いわゆる「黒人霊歌」を収録している。黒人霊歌は、17世紀に始まった奴隷貿易により、アメリカに奴隷としてつれてこられた人々が、その苦役の生活の中で作り、歌った讃美歌である。奴隷として、故郷から遙かに離れたところにつれてこられた彼らは、主人たちに連れられて教会に行き、礼拝を経験する中で、キリスト教を知ったようである。奴隷たちは、彼ら独自の信仰を形成し、集会を作って礼拝を行っていたが、このような集会は、白人たちによって禁止されていた。
 このような過酷な状況の中で生まれた「黒人霊歌」であるが、そのほとんどが、神に対する信頼、希望、服従を美しい独特のメロディーで歌われているのは何故だろうか。解放を望むような、勇ましいものがあってもよさそうに考えてしまう。しかし、そうではない。来るべき救いに、全てを委ねていたからだろうか。
 アフリカの人々は、今でもわたしたちが持っているような西洋式の楽譜を持たない。アフリカのカトリックの典礼歌を聞いていると、そのままからだから出てくるハーモニーなのではないかと思うほど、独特の響きを感じさせる。魂をそのまま音楽にしている。アフリカの人々の持っている賜物の一つかもしれない。
 邦語の歌詞は、原恵氏の訳。「救いの君は来たりましぬ」とあるが、クリスマスに歌うによいとして、紹介されている。しかし、罪の赦し(1節)、救い(2節)、選び(3節)が歌われ、クリスマスに限らず、一年を通して「福音を世界に告げよ」と歌う歌であると思う。

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2005/02/08

ひとよ、汝がつみの(讃美歌第2編 99)

「詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、 主に向かって心からほめ歌いなさい。(エフェソ5:19)」
 ドイツ改革派教会が用いている讃美歌は1869頁と大変厚い。礼拝や集会で用いる讃美歌はもちろんのこと、三要文、ルターの小教理問答、ハイデルベルク信仰問答、祈りの言葉、交読用の詩編などが納められている。しかし最も特徴的なことは、一番最初の部分に詩編歌が置かれていることだろう。宗教改革者J・カルヴァンは小さな詩編歌集を作り、それを礼拝の中で用いていた。その伝統を改革派教会は受け継いでいる。冒頭の言葉は、キリスト者としての生き方とはどういうものかを記している中の一節である。わたしたちの口から出る言葉、歌う言葉をも神のみ言葉によって整えよと言うのである。詩編の言葉はそのように用いられてきた。
 讃美歌第2編99番は曲はストラスブールの詩編歌36番に因る。カルヴァンが用いた詩による詩編歌36番は第2編110番に納められている。このメロディーがドイツではニュルンベルク出身の牧師S・ハイデンの詩で広く歌われている。99番はハイデンの詩の邦訳である。わたしたちの罪の重さとキリストの血による贖い、それにいかに感謝を献げ、日々の歩みをすべきかを短い詩の中に見事に歌い上げている。受難節からイースターに向けて、この讃美歌を心に刻みながら祈りの日々を過ごしたいと思う。

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2004/11/19

高く戸を上げよ(讃美歌21 233番)

 ドイツでは、アドベントを迎えると町の広場で開かれるクリスマス市でも、教会の礼拝でも必ず演奏される讃美歌がある。「高く戸を上げよ」だ。「高く戸を上げよ。いざ、門を開け」 わたしたちの家の戸口ではなく、城壁をもった町の門を思い起こしていただきたい。敵の侵入を防ぐために固く閉ざされた城壁の門が、高く上がる時、それは、勝利を収めた王の凱旋する時である。わたしたちにとっての王とは誰か。いうまでもなく、救い主、主イエス・キリストである。
 主イエスのエルサレム入城の記事をわたしたちは、受難週を過ごす中で読むのが普通である。しかしこの同じ物語は、伝統的にアドベントの礼拝を中でも読まれるテキストである。人の子が来る、神の子が来られる、われらの王が来られる。主のエルサレム入城の時、人々は枝を振り、着ているものを道に敷いて主をたたえて迎えたのである。
 固く閉ざされた城壁の門、人間の罪の歴史のただ中に、主イエスキリストは来られた。アドベントを迎えるごとに、わたしたちは自分自身の城壁の戸を高く上げて、神のひとり子を迎えるのである。
 ドイツでは、この曲をトランペットの高らかな音とともに歌うことが多かった。トランペットはないかもしれないが、心を主に向かって高く上げ、皆で高らかにこの讃美歌を歌いたいと願っている。救われたものの喜びの声をこの地に響かせたいと思う。

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2004/05/24

主われを愛す(461)-さんびの泉

 A.B.ウォーナー作詞、W.B.ブラッドベリー作曲のこの讃美歌はアメリカで作られ、日本では明治の頃からよく歌われる讃美歌の一つであった。
 ところでこの讃美歌は「主、われを愛す」であって「われ、主を愛す」ではない。実は、私の友人の一人が神学生時代に出席教会の幼稚園のクリスマス礼拝の奉仕を頼まれたのだが、かの友人はこの讃美歌を間違えて「われ、主を愛す」と歌ってしまったそうである。ふつう、「愛する」という動詞を使うときは、「私」が主語になることが多いように思う。「私はイエス様が大好き。私はイエス様を愛する。」これでも、不都合はない。が、この讃美歌は「主、われを愛す」と歌うのである。
 小さなことであるが、ここに信仰の大きな鍵が隠されているのではないか。私たち人間の「愛」ほど不確かなものはない。「愛している」といいながら、自分の思い、自分の労苦が認められないと、愛を語っていた唇は「どうしてあなたはわたしに気づいてくれないの」という呟きに簡単に変わってしまう。しかし、イエス様の愛は絶対である。私たちが主の存在を忘れてしまうようなときであっても、主は私たちを愛して止まないのである。
 かつて、私は銀婚式を迎えた長老夫妻に尋ねたことがある。
「全く別々に誕生し育ったものが結婚して25年も一緒にいるってすごいですね。」

「神様がこの人を赦し、愛してくださっているのだから、私たちも赦し合い、愛し合うのは当然でしょう。」
 主イエスの愛に生きる信仰の先輩の姿を見る思いであった。
(楠原彰子:月報2004年5月号より)

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