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2006/03/19

洗礼盤

一年前の長老会で牧師さんから洗礼盤がないので制作してほしいと言われ、イメージが浮かばす、自信もなく、断り続けて来たが、ドイツでの水盤の写真を見せられ、引き受けることになった。ところが「信徒の友」(2005年5月号)の唐津教会の有田焼の聖餐杯。「日本の教会」(平凡社発行)に見る、会津若松栄町教会(当教会出身高橋力牧師)の会津塗の聖餐杯等を見ると、芸術的価値の高い物ばかり、趣味の域を出ない手作り作品でよいのだろうかと一人煩悶。祈りを重ねつつ試作を試みるが納得のいく物がなかなか出来上がらない。
 土は、白磁焼の純白に少しでも近づける為に、「信楽特漉2号土」を千葉迄出向き多めに購入。電動ろくろで幾度か挑戦。厚さは、技術的に薄くできず、ずっしりと重量感のある物になってしまった。注水器の方は、何とか鳩模様でもと思い、象嵌技法で失敗。今後時間をかけて、線彫り技法で描いてみたいと思う。
 釉薬は、先輩の指導もあって、透明、白マット、並白釉等試みたが結局古萩に落ち着いた。出来上がったのはよいが、保管箱がない。退職記念で頂いた「九谷焼」木箱を見つけ、北岡長老のご協力を得て、どうにかクリスマス前迄に献品できた。
 一番嬉しかったのは、この器を使って「洗礼式」が行われ、私達の仲間に入って下さった、姉妹から感謝の言葉をかけられた事である。無力な者のタレントが活かされ、教会形成の手伝いが許され、感謝の気持ちでいっぱいである。アーメン。(長老/作本一成)

DSC_0410  2005年のクリスマス礼拝で洗礼式が行われることになり、準備を進める中で、洗礼盤がないことに気づきました。長老のみなさんにも尋ねましたが、あまり記憶に残っていないとのこと。どうも聖餐具といっしょに保管されているゴブレット(カトリック教会などで用いられるブドウ液の杯)を用いていたのではないかと言うことになりました。
 このため長老会において、この機会に新しい洗礼盤を入手できないかということになりました。しかし市販のものは装飾が凝っていたり、形のふさわしいものがなく、陶芸をされている作本一成長老に相談することになったのです。
 大変な苦労があったことが本文からもしのばれます。ここにあらためてご尽力を感謝したいと思います。何よりも、木更津教会において、これから洗礼のために用いる洗礼盤が与えられました。大切に用いたいと思います。(牧師/楠原博行)

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