ルカによる福音書 第24章25-35節
ユダヤの人々が守る安息日は金曜日の夕方からはじまり、そして土曜日の夕方に明けるのです。「マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たち」は土曜日のあいだ中ずっと、主イエスの葬りの備えをして待っていたのでした。安息日が明けて次の週になるまで、つまり日曜日になるまでずっと備えをして待っていたのです。そして日曜日の朝、主イエスのご遺体に、香油や香料を塗って葬りをするために、準備をしておいたそれらを持って墓へと向かったのです。しかし行ってみると、石はわきに転がされ、主イエスの遺体はどこにも見あたらなかったのです。しかし彼女たちにかけられた言葉、それは天使たちの言葉でした。
「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」(5-6)
婦人たちは急いで墓から弟子たちのもとへと帰って行ったのです。そして自分たちが見たこと、聞いたことを弟子たちに知らせたのです。
しかし使徒たちは、主イエスに直接従って旅をした弟子たちは、婦人たちを信じなかったのでした。それは「ばかばかしい!」とでも、「つまらないことを!」とでも訳せる言葉でした。「空っぽになってしまった墓」の前で弟子たちはどうしてよいかわからないのです。ルターはレビ記のことばを引用したと言いました。残された弟子たちは「風に舞う木の葉の音にもおびえ」て逃げまどったと言うのです。ばらばらになってしまった弟子たちは思い思いに動いています。主イエスが語られた言葉は、行われた業は、何も身についていないし、心の中にとどまってさえいえないのです。それと同じような二人の弟子がいました。ちょうどこの日エマオという11キロほどエルサレムから離れた村に向かっていたのでした。
エルサレムでこの数日起こった事、主イエスが捕らえられ、裁判にかけられ、十字架につけられたこと、そのすべての出来事について二人は話し合っていたのでした。いや論じあっていた。ああでもないこうでもない、自分はこう思う、いや違う、自分はこうだと意見を戦わせていたのです。ところがそこに一人の人が近づいてきた。そして一緒に歩き始めたのです。聖書を読んでいるわたしたちはわかっているのです。「イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた」ことを。
しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。(16)
「遮られた」と訳された言葉は本来、「捕らえられる」という言葉なのです。受難の主イエスが捕らえられた、逮捕されたという時に繰り返し使われている言葉です。しかしここでは二人の弟子の目が捕らえられている。目の前にいる人がいったい誰なのか認めることが妨げられていると言うのです。先週申し上げました。他ならぬ主イエスが、目の前におられる。他ならぬ主イエスが目の前におられるのに、気が付かないし、ましてや、その他ならぬ主イエスのことを、ああだこうだと議論をしている。その二人に、他ならぬ主イエスが、いったい何をけんけんがくがくとやりあっているのだとお尋ねになったのでした。 主イエスの問いかけに、ようやく二人は立ち止まったのでした。しかも暗い顔をして。そしてやりあっていた二人が今度は3人目の旅人に、つまり主イエスに食ってかかって来た。おまえはいったい何を言っているんだ。エルサレムであんな大騒ぎがあったのに、何も知らないのかと矛先を向けてきたわけです。
しかしそれに対する主イエスの答えは、あまりにも拍子抜けなのです。ポイア?「いったい何のこと?」といったあまりにも拍子抜けするような返事なのです。二人は口々に言ったのでしょう。いわばルカによる福音書を最初から読み返すような、もちろん当時は福音書などというものも、主イエスについての書物もなかったわけですが、当の主イエスに対して、ナザレのイエスという人について、ほんとうにすごい人であった、それなのに、捕らえられ、死刑にされた、十字架につけられてしまったのだと、熱心に語りかけたわけなのです。そのような出来事があって3日もたってしまった。そしてそればかりか遺体が見つからない。なくなってしまった。しかも墓から戻ってきた婦人たちは、天使が現れたと言う、イエスは生きておられると告げたなどと言っている。
二人の弟子たちは人生の中で主イエスと出会ったのです。主イエスに希望を持つようになった。ルカによる福音書の中にはさまざまな物語があったと申し上げました。奇跡、驚き、出会い、救いがあった。主イエスと出会って変えられた人々。自分のことだけ、自分の富だけを求めていた人が変えられた。ザアカイ、迷い出た羊、放蕩息子の物語。しかしただひとつ確かなことがあった。主イエスが中心におられたのです。
しかし今、この二人の弟子たちは、まさに迷い出た羊のように、迷ってしまっています。希望が、喜びが、支えが、文字通りいなくなってしまったからでした。ルターの言葉を引用しました。二人の弟子は、あまりにも強い不信仰のために、主の御復活を信じられない。キリストに絶望し、二人にとって、主イエスは完全に死んでしまった。二人の心の中で、主イエスは永遠に葬られてしまった。過去のものになってしまった。もう主イエスは生きてはおられないのです。
そして今日のところです。本当なら、あそこで、二人の弟子が絶望しているところで話を切ってはいけないのです。いったい何が続いたか。何が起きたか。まるで何も起こらなかったように突然現れた3人目の旅人。この人が、興奮して、エルサレムで起こった事件について熱心に語る。失望を、当惑を語るのに対して、はっきりとおっしゃったのです。
そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、」(25)
あまり良い言葉ではないのです。「物分かりが悪い」とは「賢明である」とか、「知恵がある」とか言う言葉の反対語なのです。あのガラテアの信徒への手紙の中で、繰り返しパウロが、しかるために用いていた言葉なのです。そして心がのろまである。賢さが足りない、心がのろまで、今まであれほど語られたことを、未だに理解できないのかと、主イエスがまさにしかっておられるのです。主イエスがそばにおられることを、いやいつも側におられることを二人の弟子は気が付かない。スイスの宗教改革者のツヴィングリは、それを信仰の試験だというのです。試し、ごらんになっておられる。わたしたちが何をしているかだけではなくて、何を考えているかについても。そしてそこからわたしたちは真剣に神様をおそれて生きないといけないのではないかと言うのです。(AR、135)。
メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。(26-27)
聖書全体とは旧約聖書全体です。まだ新約聖書はありません。旧約聖書全体にわたって、主イエスは語られた。「ご自分について」、主イエスについて書かれていることを、説明されたのです。何をどう説明されたのか。それはここには書かれていません。わたしたちが本来、自分で見いださねばならないのです。
一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。(28)
そうして主イエスは、二人に教え続け、目的地のエマオにまでたどり着いてしまうのです。主イエスはなおも先へ行こうとされる様子であった。なぜ二人の弟子をおいて、さらに主イエスは先に進もうとされたのか、それはわかりません。どちらにしても、二人の弟子は、この旅人が主イエスであることがまだわかっていません。つまりもし二人の弟子が、何もしなかったら、二人にとって主イエスは、永遠に見知らぬ旅人のままであったはずなのです。しかしそうはならなかった。二人は、主イエスをむりに引き止めたのです。
二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。(29)
主イエスをむりに引き止めた。だからこそ主イエスであることがわかったのです。それは旅人に対する礼儀であったとも説明されるのですが、それだけではなかったと思うのです。確かに夕方が近づいているのに、さらに旅を続けようとする旅人、暗くなってからの旅は危険であり、同じ旅人して、いっしょに泊まるようにと引き止める。しかしそれだけではなかったと思います。しかしそれがなぜかは、二人にはわかっていません。もしかしたら、それがなぜかがわからないまま、儀礼的に引き止めたのかもしれません。なぜ自分たちが、この人をしきりに引き止めなければならないかがわからないのです。
一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。(30-31)
二人の弟子と主イエスが一緒に食事の席につく。主イエスのパンの裂き方が特別な仕方であった。だから二人の弟子が、この人が主イエスだということに気が付いたのだろうと良く説明されるのです。しかし本来、招かれた客である主イエスが、パンを取り、祈りをして、それを裂いて、他のものにわたすというのは不思議なことなのです。本来なら、招いたものがそうしなければならない。招いたものが、パンを裂いて、招いた客に手渡すべきです。これも不思議です。そうすることがなんの違和感もなかった。自然に、主イエスがパンを取り、祈り、裂いて、弟子たちにお渡しになった。そして今まで妨げられていた、二人の目が、目の前にいる旅人が他ならぬ主イエスであることを認めることが出来るようになったというのです。希望を持っていた主イエスが、十字架にかけられてしまった。先週申し上げたとおり、その希望がいなくなってしまった。そこから前に進むことができない。それはわたしたちの不信仰であるというのでした。希望を持っていた主イエスが過去のものになってしまい、希望はなくなってしまった。失望、絶望したわけです。二人の弟子たちだけでない、弟子たちすべてが同じでした。みんながみんな不信仰の中に陥ってしまったのです。そこからどうすれば立ち直れるのか。そこからどうすれば抜け出せるのか。それはキリストご自身がいらっしゃって、ご自身で説教されるとき。そのときはじめて、わたしたちはその不信仰から、希望を失い、絶望する、そこから立ち上がることが出来る。離れることができるというのでした。
いったいこれはどういうことでしょうか。いやもう明らかなのです。これは礼拝の物語になっている。主の日に起きたできごとです。安息日である土曜日が終わり、日曜日の朝、婦人たちが、弟子たちが、不信仰に陥っていた。そこに主イエスが立たれる。突然姿を現される。いや最初から主イエスは共におられた。目の前におられたのに、弟子たちの不信仰のゆえに、それがわからない。しかし主イエスが立たれ、ご自身によって、聖書が解き明かされる。そして主の食卓が守られる。主イエスご自身によってパンが裂かれる。そしてそのとき、そのときはじめて自分がどこにいるのか、自分の信仰がどこにあるのかが知らされる。弟子たちは立ち直ることができる。
失望して旅行く、信じることができない二人の弟子の物語は、そのものたちをさばき、不信仰をなじる物語ではないと申し上げました。それはわたしたち自身を見つめ、わたしたちの信仰を問い返す物語であると申し上げたのです。
そしてさらに一歩があります。これが礼拝の物語であるということです。その一歩とは、弟子たちが、まず気が付かないうちに、主イエスを引き止めたことです。そして目の前にいる人が、主イエスであるということに気が付くのです。そして引き止めた理由にも、はっきり気づくのです。
二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。(32)
それは「心に火がつく。心に火がついて、燃え上がった」ということです。今や弟子たちははっきりと実感したのです。見知らぬ旅人によって、聖書が解き明かされる。そのときすでに自分たちの心が燃え上がっていたことを。
何が起こったでしょうか。弟子たちは何をしたでしょうか。エマオにいた二人の弟子たちは、その夜は、エマオに泊まるつもりであったはずです。
そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。(33-35)
すぐに立ち上がったのです。そうしないではおれなかったのです。旅人を引き止めたのは儀礼だったかもしれない。夜になるから、危険だからと引き止めたかもしれない。しかし二人の弟子たちには、もう夜だろうが何だろうが関係ないのです。夜になろうが、すぐにエルサレムに向かったのです。すぐにエルサレムにいる他の弟子たちのところへ行って、告げないではいられなかったのです。
非常に印象深いのは、このことです。礼拝の物語であると言いました。明治5,6年、明治の初年に、木更津の対岸の横浜で、日本最初の教会が建てられ、そしてまた礼拝が始められていた。当時は礼拝が終わると、すぐその足で、みなが伝道に出かけたというのです。そして他ならぬ木更津の地にも、横浜から海を渡ってみことばが伝えられた。まさにその中でできあがっていったのが、わたしたちの木更津教会であるのです。
有名なオランダの画家レンブラントの、この物語、エマオの物語の絵があります。エマオの物語は、わたしたちに多くのことを問いかけて参ります。わたしたちの信仰について、わたしたちの生き方について、そしてわたしたちがどこにいるのか、わたしたちの信仰の具合を問いかけてくるのです。その答えは、主イエスがおられるということです。おられるのに気が付かないのかと問いかけてくるし、また主イエスが共におられることを知らされる物語です。そのことを知る。そのことを知らされた弟子たちの歩みが始まります。教会の歩みです。ルカによる福音書の最後の部分を読んで、さらにキリストの弟子たち、使徒たちの歩みを、これからの礼拝で味わい、学び、またその歩みに支えられ、わたしたちの信仰を問い返していきたいと思います。
(楠原博行:2005年4月10日主日礼拝説教)