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2005/04/17

福音の初め

マルコによる福音書 第1章1-8節
「神の子イエス・キリストの福音の初め。」  マルコによる福音書、その冒頭には、このように書かれています。これは、この書物は、神の子イエス・キリストによる福音の初めであり、その基が書かれている書物であると示している、タイトルなのです。
 聖書には、4つの福音書が収められています。マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書です。どの福音書も、私たちの主イエス・キリストの生涯、地上の生活をされていたときの主イエスが教えられた言葉などを記しています。おもしろいことに、4つの福音書を読み比べてみると、同じ内容の記事もありますが、その福音書だけに記されている記事もあります。同じ出来事を記しているのに、全く違う表現をしているところもあり、出来事の並べ方も異なっていたりします。が、どの福音書においても記されているのは、イエスの受難と十字架の死、そして、復活の物語です。
 福音とは、「よいおとずれ」「喜びの知らせ」と言われています。ここで語られるよい知らせ、福音とは何でしょうか。マルコによる福音書は、イザヤ書40章の言葉を引用します。これは、バビロン捕囚にあるイスラエルの民に、同様に神の裁きの下に置かれている人々に語られたと言われています。
「慰めよ、私の民を慰めよ。」という、神の言葉から始まります。苦役の時が終わりを告げ、イスラエルの民に救いの手がさしのべられるとの言葉が語られます。そこで、あの言葉が語られます。
「呼びかける声がある。 主のために、荒れ野に道を備え わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。」(3節)
主なる神の栄光が現れる。主がこられるための道ぞなえをせよとの呼びかけがあるのです。圧倒的な力を持ってこられる主のために、谷は身を起こし、山は低くなり、主の通られる広く平らな道を備えよとの声があるのです。「呼びかけよ」との主の命令に、預言者は「なんと呼びかければいいのか」と問います。主の風、主の息が吹き付ければ、人間は枯れてしまう草、しぼんでしまう花同様にはかないもの。しかし、造られたものに限りはあっても、主のみ言葉はとこしえに立つというのです。ですから、主は預言者に命じます。とこしえに立つ神の御言葉、このよい知らせを、山の頂から、力をふるって民に知らせよと言うのです。主なる神が、力を帯びてこられ、民の羊飼いとなり、イスラエルの民を養い導いて下さるからだというのです。
 この御言葉は、イスラエルの民が深く悔い改めたから、神が救いの手をさしのべようと言うのではありません。神様の一方的な、救いの宣言なのです。
 マルコによる福音書は、イザヤ書40章のこの言葉、神様の一方的な救いの宣言を、その冒頭に引用することで、この福音書に記そうとしていることもまた、神様が私たちに与える一方的な救いの出来事であることを、示しているのです。
 ところで、マルコによる福音書には、マタイによる福音書やルカによる福音書が伝えているような、クリスマスの物語がありません。マルコの福音書記者は、どうして、あの麗しいクリスマスの物語をその冒頭に記さなかったのでしょうか。
 私事になりますが、わたしは洗礼を受けて初めてのイースターを迎えた時、クリスマスの物語と主の受難・復活の物語は一直線につながっているのだということを感じさせられたのです。当たり前のことのようですが、わたしたちはどこかで、クリスマスは楽しい時、受難週は静かにしている時と思うことがあります。しかし、あの、主イエス・キリストのご降誕の物語、一人の小さな赤ちゃんとしてこられたあのときから、神様は十字架の死と復活をご計画の中に置かれていたのです。わたしたちを救おうとされる、神様の一方的な力が、クリスマスの物語の中から、わたしたちの世界の中に、歴史の中に突き刺さるようにしてこられていたのです。
 かつて、アドベントの季節に訪れた教会、ルター派の教会でしたが、講壇に紫色の布がかかっていました。木更津教会が立っています宗教改革者カルヴァンの流れをくむ改革長老派の伝統においては、いわゆる教会暦にあわせた教会色を用いないのですが、ルター派の教会でしたので、アドベントの教会色、紫の布がかけられていたのです。紫は悔い改めを表す色です。その布には、金色の糸でみ言葉が刺繍されていました。
「主のために、道を備えよ。」
この布は、受難節の時にも講壇にかけられていた布でした。つまり、クリスマスの出来事は、主イエスの十字架の死、復活の物語は、神様の圧倒的な力で示された、わたしたちの救いの物語なのです。
 マルコによる福音書はイザヤ書に示された預言の通りに、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れたと記します。洗礼書ヨハネは、後から来られる方を指し示しながら、人々に「罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。(4節)」と福音書記者は記しています。
 罪の赦しを得させるための悔い改めの洗礼とは、神様のみ前にへりくだること、その前にひれ伏し、神様の御言葉に全てをゆだねることです。はたして、わたしたちは、この圧倒的な神様の力の前に、様々な理由立てをしたり、思い悩んだりして、ひれ伏すことを拒むことが出来るでしょうか。出来ないのです。ただ一つ、出来ることは、主イエスキリストの十字架と復活の出来事に示された救いに対して、アーメン、その通りですと言うことなのです。
「神の子イエス・キリストの福音の初め。」
言ってみれば、信仰者の毎日の生活は、日々、御言葉によって、福音の初め、信仰の基を新しくされていると言っても言い過ぎではないでしょう。
 私たちは、礼拝において教会の語る神の御言葉を聞き、祝福を持って日々の生活へと送り出されていきます。毎日の生活の中でも、祈りつつ御言葉を聞くことによって、私たちは日々新しくされていくのです。その姿が、この世の人たちへの福音の初めとなりますように。
(楠原彰子:2005年4月17日主日礼拝説教より)

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2005/04/10

心が燃える

ルカによる福音書 第24章25-35節
 ユダヤの人々が守る安息日は金曜日の夕方からはじまり、そして土曜日の夕方に明けるのです。「マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たち」は土曜日のあいだ中ずっと、主イエスの葬りの備えをして待っていたのでした。安息日が明けて次の週になるまで、つまり日曜日になるまでずっと備えをして待っていたのです。そして日曜日の朝、主イエスのご遺体に、香油や香料を塗って葬りをするために、準備をしておいたそれらを持って墓へと向かったのです。しかし行ってみると、石はわきに転がされ、主イエスの遺体はどこにも見あたらなかったのです。しかし彼女たちにかけられた言葉、それは天使たちの言葉でした。
「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。」(5-6)
婦人たちは急いで墓から弟子たちのもとへと帰って行ったのです。そして自分たちが見たこと、聞いたことを弟子たちに知らせたのです。
 しかし使徒たちは、主イエスに直接従って旅をした弟子たちは、婦人たちを信じなかったのでした。それは「ばかばかしい!」とでも、「つまらないことを!」とでも訳せる言葉でした。「空っぽになってしまった墓」の前で弟子たちはどうしてよいかわからないのです。ルターはレビ記のことばを引用したと言いました。残された弟子たちは「風に舞う木の葉の音にもおびえ」て逃げまどったと言うのです。ばらばらになってしまった弟子たちは思い思いに動いています。主イエスが語られた言葉は、行われた業は、何も身についていないし、心の中にとどまってさえいえないのです。それと同じような二人の弟子がいました。ちょうどこの日エマオという11キロほどエルサレムから離れた村に向かっていたのでした。
 エルサレムでこの数日起こった事、主イエスが捕らえられ、裁判にかけられ、十字架につけられたこと、そのすべての出来事について二人は話し合っていたのでした。いや論じあっていた。ああでもないこうでもない、自分はこう思う、いや違う、自分はこうだと意見を戦わせていたのです。ところがそこに一人の人が近づいてきた。そして一緒に歩き始めたのです。聖書を読んでいるわたしたちはわかっているのです。「イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた」ことを。
しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。(16)
「遮られた」と訳された言葉は本来、「捕らえられる」という言葉なのです。受難の主イエスが捕らえられた、逮捕されたという時に繰り返し使われている言葉です。しかしここでは二人の弟子の目が捕らえられている。目の前にいる人がいったい誰なのか認めることが妨げられていると言うのです。先週申し上げました。他ならぬ主イエスが、目の前におられる。他ならぬ主イエスが目の前におられるのに、気が付かないし、ましてや、その他ならぬ主イエスのことを、ああだこうだと議論をしている。その二人に、他ならぬ主イエスが、いったい何をけんけんがくがくとやりあっているのだとお尋ねになったのでした。 主イエスの問いかけに、ようやく二人は立ち止まったのでした。しかも暗い顔をして。そしてやりあっていた二人が今度は3人目の旅人に、つまり主イエスに食ってかかって来た。おまえはいったい何を言っているんだ。エルサレムであんな大騒ぎがあったのに、何も知らないのかと矛先を向けてきたわけです。
 しかしそれに対する主イエスの答えは、あまりにも拍子抜けなのです。ポイア?「いったい何のこと?」といったあまりにも拍子抜けするような返事なのです。二人は口々に言ったのでしょう。いわばルカによる福音書を最初から読み返すような、もちろん当時は福音書などというものも、主イエスについての書物もなかったわけですが、当の主イエスに対して、ナザレのイエスという人について、ほんとうにすごい人であった、それなのに、捕らえられ、死刑にされた、十字架につけられてしまったのだと、熱心に語りかけたわけなのです。そのような出来事があって3日もたってしまった。そしてそればかりか遺体が見つからない。なくなってしまった。しかも墓から戻ってきた婦人たちは、天使が現れたと言う、イエスは生きておられると告げたなどと言っている。
 二人の弟子たちは人生の中で主イエスと出会ったのです。主イエスに希望を持つようになった。ルカによる福音書の中にはさまざまな物語があったと申し上げました。奇跡、驚き、出会い、救いがあった。主イエスと出会って変えられた人々。自分のことだけ、自分の富だけを求めていた人が変えられた。ザアカイ、迷い出た羊、放蕩息子の物語。しかしただひとつ確かなことがあった。主イエスが中心におられたのです。
 しかし今、この二人の弟子たちは、まさに迷い出た羊のように、迷ってしまっています。希望が、喜びが、支えが、文字通りいなくなってしまったからでした。ルターの言葉を引用しました。二人の弟子は、あまりにも強い不信仰のために、主の御復活を信じられない。キリストに絶望し、二人にとって、主イエスは完全に死んでしまった。二人の心の中で、主イエスは永遠に葬られてしまった。過去のものになってしまった。もう主イエスは生きてはおられないのです。
 そして今日のところです。本当なら、あそこで、二人の弟子が絶望しているところで話を切ってはいけないのです。いったい何が続いたか。何が起きたか。まるで何も起こらなかったように突然現れた3人目の旅人。この人が、興奮して、エルサレムで起こった事件について熱心に語る。失望を、当惑を語るのに対して、はっきりとおっしゃったのです。
そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、」(25)
あまり良い言葉ではないのです。「物分かりが悪い」とは「賢明である」とか、「知恵がある」とか言う言葉の反対語なのです。あのガラテアの信徒への手紙の中で、繰り返しパウロが、しかるために用いていた言葉なのです。そして心がのろまである。賢さが足りない、心がのろまで、今まであれほど語られたことを、未だに理解できないのかと、主イエスがまさにしかっておられるのです。主イエスがそばにおられることを、いやいつも側におられることを二人の弟子は気が付かない。スイスの宗教改革者のツヴィングリは、それを信仰の試験だというのです。試し、ごらんになっておられる。わたしたちが何をしているかだけではなくて、何を考えているかについても。そしてそこからわたしたちは真剣に神様をおそれて生きないといけないのではないかと言うのです。(AR、135)。
メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。(26-27)
 聖書全体とは旧約聖書全体です。まだ新約聖書はありません。旧約聖書全体にわたって、主イエスは語られた。「ご自分について」、主イエスについて書かれていることを、説明されたのです。何をどう説明されたのか。それはここには書かれていません。わたしたちが本来、自分で見いださねばならないのです。
一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。(28)
 そうして主イエスは、二人に教え続け、目的地のエマオにまでたどり着いてしまうのです。主イエスはなおも先へ行こうとされる様子であった。なぜ二人の弟子をおいて、さらに主イエスは先に進もうとされたのか、それはわかりません。どちらにしても、二人の弟子は、この旅人が主イエスであることがまだわかっていません。つまりもし二人の弟子が、何もしなかったら、二人にとって主イエスは、永遠に見知らぬ旅人のままであったはずなのです。しかしそうはならなかった。二人は、主イエスをむりに引き止めたのです。
二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。(29)
 主イエスをむりに引き止めた。だからこそ主イエスであることがわかったのです。それは旅人に対する礼儀であったとも説明されるのですが、それだけではなかったと思うのです。確かに夕方が近づいているのに、さらに旅を続けようとする旅人、暗くなってからの旅は危険であり、同じ旅人して、いっしょに泊まるようにと引き止める。しかしそれだけではなかったと思います。しかしそれがなぜかは、二人にはわかっていません。もしかしたら、それがなぜかがわからないまま、儀礼的に引き止めたのかもしれません。なぜ自分たちが、この人をしきりに引き止めなければならないかがわからないのです。
一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。(30-31)
 二人の弟子と主イエスが一緒に食事の席につく。主イエスのパンの裂き方が特別な仕方であった。だから二人の弟子が、この人が主イエスだということに気が付いたのだろうと良く説明されるのです。しかし本来、招かれた客である主イエスが、パンを取り、祈りをして、それを裂いて、他のものにわたすというのは不思議なことなのです。本来なら、招いたものがそうしなければならない。招いたものが、パンを裂いて、招いた客に手渡すべきです。これも不思議です。そうすることがなんの違和感もなかった。自然に、主イエスがパンを取り、祈り、裂いて、弟子たちにお渡しになった。そして今まで妨げられていた、二人の目が、目の前にいる旅人が他ならぬ主イエスであることを認めることが出来るようになったというのです。希望を持っていた主イエスが、十字架にかけられてしまった。先週申し上げたとおり、その希望がいなくなってしまった。そこから前に進むことができない。それはわたしたちの不信仰であるというのでした。希望を持っていた主イエスが過去のものになってしまい、希望はなくなってしまった。失望、絶望したわけです。二人の弟子たちだけでない、弟子たちすべてが同じでした。みんながみんな不信仰の中に陥ってしまったのです。そこからどうすれば立ち直れるのか。そこからどうすれば抜け出せるのか。それはキリストご自身がいらっしゃって、ご自身で説教されるとき。そのときはじめて、わたしたちはその不信仰から、希望を失い、絶望する、そこから立ち上がることが出来る。離れることができるというのでした。
 いったいこれはどういうことでしょうか。いやもう明らかなのです。これは礼拝の物語になっている。主の日に起きたできごとです。安息日である土曜日が終わり、日曜日の朝、婦人たちが、弟子たちが、不信仰に陥っていた。そこに主イエスが立たれる。突然姿を現される。いや最初から主イエスは共におられた。目の前におられたのに、弟子たちの不信仰のゆえに、それがわからない。しかし主イエスが立たれ、ご自身によって、聖書が解き明かされる。そして主の食卓が守られる。主イエスご自身によってパンが裂かれる。そしてそのとき、そのときはじめて自分がどこにいるのか、自分の信仰がどこにあるのかが知らされる。弟子たちは立ち直ることができる。
 失望して旅行く、信じることができない二人の弟子の物語は、そのものたちをさばき、不信仰をなじる物語ではないと申し上げました。それはわたしたち自身を見つめ、わたしたちの信仰を問い返す物語であると申し上げたのです。
 そしてさらに一歩があります。これが礼拝の物語であるということです。その一歩とは、弟子たちが、まず気が付かないうちに、主イエスを引き止めたことです。そして目の前にいる人が、主イエスであるということに気が付くのです。そして引き止めた理由にも、はっきり気づくのです。
二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。(32)
それは「心に火がつく。心に火がついて、燃え上がった」ということです。今や弟子たちははっきりと実感したのです。見知らぬ旅人によって、聖書が解き明かされる。そのときすでに自分たちの心が燃え上がっていたことを。
 何が起こったでしょうか。弟子たちは何をしたでしょうか。エマオにいた二人の弟子たちは、その夜は、エマオに泊まるつもりであったはずです。
そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。(33-35)
すぐに立ち上がったのです。そうしないではおれなかったのです。旅人を引き止めたのは儀礼だったかもしれない。夜になるから、危険だからと引き止めたかもしれない。しかし二人の弟子たちには、もう夜だろうが何だろうが関係ないのです。夜になろうが、すぐにエルサレムに向かったのです。すぐにエルサレムにいる他の弟子たちのところへ行って、告げないではいられなかったのです。
 非常に印象深いのは、このことです。礼拝の物語であると言いました。明治5,6年、明治の初年に、木更津の対岸の横浜で、日本最初の教会が建てられ、そしてまた礼拝が始められていた。当時は礼拝が終わると、すぐその足で、みなが伝道に出かけたというのです。そして他ならぬ木更津の地にも、横浜から海を渡ってみことばが伝えられた。まさにその中でできあがっていったのが、わたしたちの木更津教会であるのです。
 有名なオランダの画家レンブラントの、この物語、エマオの物語の絵があります。エマオの物語は、わたしたちに多くのことを問いかけて参ります。わたしたちの信仰について、わたしたちの生き方について、そしてわたしたちがどこにいるのか、わたしたちの信仰の具合を問いかけてくるのです。その答えは、主イエスがおられるということです。おられるのに気が付かないのかと問いかけてくるし、また主イエスが共におられることを知らされる物語です。そのことを知る。そのことを知らされた弟子たちの歩みが始まります。教会の歩みです。ルカによる福音書の最後の部分を読んで、さらにキリストの弟子たち、使徒たちの歩みを、これからの礼拝で味わい、学び、またその歩みに支えられ、わたしたちの信仰を問い返していきたいと思います。
(楠原博行:2005年4月10日主日礼拝説教)

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2005/04/09

わたしは復活であり、命である。 このことを信じるか

ヨハネによる福音書 第11章25-26節

キリストの教会には「慰め」というたいへん大切な言葉があると申し上げました。キリストの教会には「慰め」がある。わたしたちはもう一人で苦しむ必要はないのです。一人で不安に悩む必要も、たった一人で重い病気や死と戦う必要はないのです。「神様から来る力と助け」が、「神様から来る勇気と希望」があるからです。

主をたたえよ
日々、わたしたちを担い、救われる神を。
この神はわたしたちの神、救いの御業の神
主、死から解き放つ神。(詩編第68編20-21節)

 わたしたちを担ってくださる。いわば抱き上げて下さる神様。それはわたしたちを救う神様である。その助けは、救いは、わたしたちを死ぬということからも解きはなってくださるのだと、旧約聖書の詩編は歌っているのです。
 わたしたちは愛する人の突然の死に接することとなりました。ご家族から最初に聞いた言葉が、突然という言葉だったのです。突然という言葉によって、愛する人とそのご家族とが、この世において別れなければならなかったのです。
 キリストの教会は、家族の信仰というものが大切であると信じています。ですからキリスト者ではないのですがとおっしゃいつつ、ご家族が、キリスト教での葬儀を希望されましたとき、わたしはうれしく思いました。
 木更津教会の伝統をさかのぼりますと、500年前、ヨーロッパで起こりました宗教改革にまでさかのぼる事が出来ます。そのような古い伝統を意識した教会が、まだ明治の時代になったばかり、キリスト教のことを、耶蘇と言って、さげすみ迫害を行っていた時代に、アメリカ人の宣教師を通じて、木更津の地にキリスト教を伝えたのでした。ですから、わたしたちの木更津教会では宗教改革を思い起こす事も多いのです。その改革を行ったマルチン・ルターが書いたものに「死への準備のための説教」というものがあります。当時ヨーロッパ各地をペストが襲い、時には人口の三分の一くらいの人が死んでしまったというのです。当時の平均寿命は二十五歳位であったそうです。そんな時代にルターは「死ぬことの準備をするための説教」を書いたのです。
 当時の社会状況の中で「死に備える」書物はめずらしくはなかったようですが、その多くは因果応報的なものでした。生前、清く勤勉な生活をしていると死の時には天使に囲まれて安らかな死を迎えることができる。しかし勝手気ままな生活をしてきたならば、死の床に臨んで人々は悪魔に囲まれて、苦しみ死んで行く。恐ろしげな絵と文章とでそう書き連ねられていたのです。しかしルターはまったく違いました。
 私たちは生きていると、しばしば一人ぼっちであることを感じることがあります。そして自分が苦しみの中にある時、それはなおさらなのです。楽しいときは周りに人がいっぱいいても、苦しいときには誰も私の事を心に留めてくれる人がいないとの思いにされるのです。そして自分の死が近いと思ったとき、自分は一人ぼっちで死んで行くのだという思いが心の中に交錯するのす。
 そうした時にルターは「あなたは自分がたったひとりだけで死んでいくのではないのだということを疑ってはいけません。何よりも先ず神様とキリストご自身の目がそそがれているのです。あなたはキリストとの交わりの中で生涯を生き、そして生涯を終わろうとするのです」と言っているのです。『あなたは死に臨んでも決して一人ぼっちではないのです』と。

イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネによる福音書第11章25-26節)

 わたしたちは主イエスのこの言葉を信じ、その問いかけにお答えしたいと思います。そして家族の信仰、教会の信仰によって、召された方とそのご家族とが、神様から支えられ、勇気を与えられ、希望を与えられる。慰めを与えられる事を心からお祈りいたします。
(楠原博行:月報2005年3月号の記事より)

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2005/04/03

エマオの旅人

ルカによる福音書 第24章13-24節
 愛する人との別れ。それは淡々と進んでいきます。主イエスが十字架にかけられる。そこにも様々な出来事がありました。受難週の祈祷会において読まれました、ルカによる福音書にも、十字架上の主イエスをあざける人々が描かれていましたし、またそのような人々をたしなめる、主イエスと共に十字架にかけられていた、一人の犯罪人のことも描かれていたのです。そしてついに十字架上で息をお引き取りになる主イエス。その時、昼なのに暗くなった。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けたことなどの出来事が記される。主イエスは大声で叫ばれたのです。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」と。これらの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神を賛美した百人隊長についても記されています。「見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った(ルカ23:48)。」つい先ほどまで「十字架につけろ」と叫んでいた人々の中にも、主イエスが十字架にかけられ、息を引き取られる姿を見て、心を動かされた人々もいたのです。しかし「胸を打ちながら帰って行った」とはどういうことでしょうか。自分たちも主イエスの十字架に責任があるはずです。誰もこの人は無罪だとは叫ばなかった。「十字架につけろ」と叫ばないまでも、群衆を恐れて逃げるか、黙って、事の成り行きを見ていた人々なのです。心を動かされたとは、冷静に考えるなら、取り返しのつかないことに気がつかず、ずいぶん無責任な感想を言っているに過ぎないのです。
 弟子たちは逃げ去ってしまいました。群衆がこわかったからです。主イエスを殺そうとしている人々のことがこわかったのです。もちろん群衆の中にまぎれて、主イエスがこれからどうなってしまうのか、遠くから見ていたかもしれません。しかし聖書には何も記されていないのです。しかし彼らが行方をくらましてしまった後も、はっきりと主イエスの道行きとともに記されている人たちがいました。婦人たちは主イエスのそばから離れることをしなかったのです。愛する人との別れが淡々と描かれます。ゴルゴタの丘への十字架を担っての道行き。十字架に釘打たれ、磔にされる主イエス。そして息を引き取り、十字架からおろされ、葬られる。わたしたちが愛する人と、この世での別れをする。そのときと同じように、淡々と時間が過ぎ、しなければならない仕事を婦人たちは行おうとするのです。アリマタヤのヨセフという人がピラトに願い出て、主イエスの遺体を引き取ったこと。主イエスの遺体を亜麻布で包んで葬りの準備をしたこと。そして新しい墓の中に納めたこと。彼女たちは離れずに着いて行くのです。アリマタヤのヨセフに着いて墓まで行き、主イエスの遺体が確かにそこに葬られることを見届けるのです。そして週が改まれば、香料と香油を用いて、主イエスの遺体をきちんと葬ろうと準備をしに自宅へと帰っていったのでした。息を引き取られても、主イエスと離れることをしないで、なすべきことを淡々とひとつひとつ果たしたのでした。
 ユダヤの人々は安息日を守ります。定められた応急の処置をすませば、すべての仕事は安息日が明けて、次の週になるまで待つのです。そして次の週のはじめに何が起こったのでしょうか。婦人たちは、「マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たち」と記されていますが、婦人たちは、主イエスの遺体に香油や香料を塗って葬りをするために、準備をしておいた香料を持って墓へと向かったのです。ご存じの様に、主イエスの墓はその穴の入り口を丸い石をころがしてふさぐようになっていました。しかし行ってみると、石はわきに転がされ、主イエスの遺体もどこにも見あたらないのです。婦人たちは途方にくれます。どうすれば良いかわからないのです。週末はユダヤの掟で、主イエスに香油を塗ってきちんと葬りに備えることができなかった。愛する主イエスにせめて香油や香料を塗って葬りたい。しかし遺体がなくなってしまった。
そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。(4-8節)
 婦人たちには心当たりがあったのです。ああ主イエスはそう話していらっしゃった。墓から帰ると弟子たちに一部始終を知らせるのです。そのまま自分たちが見たこと、聞いたことを知らせるのです。しかし使徒たちは、主イエスの実の弟子なのに、婦人たちのこの話がたわ言のように思われたというのです。婦人たちを信じなかったのです。「ばかばかしい!」とでも訳せる言葉です。「つまらないことを」とでも言われて、婦人たちを信じようともしなかったわけです。しかし信じた弟子もいた。
しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。(12節)
なぜなのでしょう。空っぽになってしまった墓。弟子たちはとまどいます。よみがえられたという言葉さえ、ばかばかしいと言って、信じようとしないのです。マルティン・ルターは、レビ記の26章36節を挙げました。
わたしはあなたたちのうちで生き残った者の心を敵の国々でおびえさせる。彼らは風に舞う木の葉の音にもおびえ、剣に追われる者のように逃げ、追う者もないのに倒れる。
 「残った者の心」は「敵の国々でおびえ」ると言うのです。とんでもないところをルターは引用したものです。残された弟子たちは「風に舞う木の葉の音にもおびえ」て逃げまどうと言うのです。ばらばらになってしまった弟子たち。思い思いに動いています。主イエスが語られた言葉は、行われた業は、何も身についていないし、心の中にとどまってさえいえないのです。その中にもう二人の弟子がいたとルカによる福音書は伝えています。
 エマオという村がどこにあったのか、説はいろいろあるようです。確かなことはエルサレムから60スタディオン、すなわち11.5キロ離れたところにあった村なのです。婦人たちが空っぽの墓に驚き、天使の言葉を聞き、それを伝え聞いた弟子たちが、何とばかばかしいことをとはねつけたという出来事が朝にあって、その同じ日に、別の弟子二人が、エルサレムからエマオという村に向かって歩いていたのでした。「この一切の出来事」とあります。エルサレムでこの数日起こったすべての出来事、主イエスの出来事について話し合っていたのでした。話し合うばかりではなく、論じあっていた。ああでもないこうでもないと、お互いに議論をし、自分はこう思う、いや違う、自分はこう思うと、意見を戦わせていたわけです。ところがそこに一人の人が近づいてきた。そして一緒に歩き始めたのです。
 聖書を読んでいるわたしたちは、それが主イエスであるとわかっているのです。しかし二人の弟子は、自分たちの議論に没頭しているままなのです。他ならぬ主イエスが、目の前におられるのです。他ならぬ主イエスが目の前におられるのに、気が付かないし、ましてや、その他ならぬ主イエスのことを、ああだこうだと議論をしている。ばかばかしいと思うでしょうか。こっけいだと思うでしょうか。その二人に、他ならぬ主イエスが、いったい何をけんけんがくがくとやりあっているのだとお尋ねになるのです。
 言葉とは面白いものです。主イエスの「やり取りしている」との言葉は、ギリシャ語でアンティ・バローです。アンチというのはほとんど日本語になっています。二人が対抗しているわけです。バローというのも、基本的なギリシャ語の言葉で、投げるという意味の言葉です。お互いに投げ合っているわけです。自分の意見はこうだ、ああだと、自分の考えを、まるで打ち返しあうかのように投げ合っているわけです。なぜそんなことをしているのかと、ご自分の話がなされている、他ならぬ主イエスが、二人に対して、クエスチョンマークを出されたわけです。いったい何の話を、そんなにむきになって議論しているんだと。
 主イエスの問いかけに、二人は暗い顔をして立ち止まったのです。おまえは何を言っているんだ。エルサレムであんなに大騒ぎが、あんなにとんでもない事が起こったのに、何も知らないのか。何も理解していないのかと、こんどはこの3人目の旅人に食ってかかってくるわけではないでしょうが、結構、熱くなって、言い返して来るわけです。
 想像してみてください。まず二人の内の一人、クレオパという人が、エルサレムにいながら、そこで起こったことをあなたは知らなかったのかといぶかしがります。主イエスはおだやかにお答えになる。それはどんなことですかと。すると今度は二人が共に、まるで息せき切って流れ出すかのように、二人がいっしょに口に出したのでしょう。「ナザレのイエスのこと」だと。そして熱心に語るのです。この方は、「行いにも言葉にも力のある預言者でした。」「それなのに」、「それなのに...十字架につけてしまった。」それからもう三日もたってしまった。ところが婦人たちは変なことを言っている。主イエスの遺体がない。しかも天使が現れて『イエスは生きておられる』と告げた。仲間の者も墓へ行ってみた。婦人たちの言うとおり、あの方は見当たらない。
 これは今まで読んできた部分、いやそればかりか、ルカによる福音書全体の、今までのところ全部のあらすじであると言われるのです。今まで主イエスについて起こったことすべてが、もう一度、二人の弟子の口を通して語られるのです。ルカによる福音書全24章で語られてきたこと。そこには奇跡があり。驚きがあり。出会いがあり。救いがありました。主イエスが中心におられたのです。人々は主イエスと出会って、変えられていったのです。今まで自分のことだけを考え、自分の富だけを追っていた人々は、変えられ、隣人を愛する者となったのです。主エスに召された弟子たち。またザアカイという名前などが思い起こされます。彼らは主イエスと出会うことによって、その人生が変えられました。あるいは迷い出た羊のように、さまよい、道を失っていた。しかしそのわたし、迷っていたたった一匹の羊を、神様のもとに、主イエスのもとに連れ戻してくださいました。放蕩の限りを尽くしていた息子も、同じ話です。ルカによる福音書は、さまざまな出来事を語り、わたしたちに道を、歩むべき道を指し示してくれたのです。
 しかし今、この二人の弟子たちには、とまどいがありますす。何が何だかわからないのです。希望が、喜びが、支えが、文字通り、いなくなってしまった。なくなってしまったのです。今日はルターの名前が繰り返し出て参りますが、彼は、この聖書の箇所が、わたしたちの信仰を示している箇所であると言います。しかもわたしたちの信仰の弱さを、強い不信仰を描いていると言うのです。二人の弟子は、あまりに強い不信仰のゆえ、主の御復活を信じられない。キリストに絶望し、二人にとって、主イエスは全く死んでしまい、二人の心の中に、主イエスは永遠に葬られ、もう何も出来ない。ただわたしたちはこの方に望みをかけていたと、過去形で言うしかないのだと言うのです。わたしたちの不信仰。しかしまたこうも言うのです。この地上において、わたしたちは欠けのない教会、誤りのない完全な教会を夢見てはいけないのだと。なぜならここで、二人の弟子たちだけでなく、使徒たちも不信仰の中に陥ってしまっているのだから。キリストご自身がいらっやしゃって、ご自身で説教されるとき、はじめて、わたしたちはその不信仰から立ち上がることが出来る。離れることができるのです(WV21,222-229)。
 失望し、またとまどっている、信じることができない二人の旅人の物語は、他の者をさばき、その不信仰をなじる物語ではありません。それはわたしたち自身を見つめ、わたしたちの信仰を問い返す物語であるのです。イースターを迎え、新しい歩みに入っているわたしたちは、さらにキリストの、主イエスの助けを求めたいと思います。新しい年の歩みをゆだねたいと思います。
(楠原博行:2005年4月3日主日礼拝説教より)

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